新潟地方裁判所 昭和41年(モ)629号 判決 1967年2月23日
別紙当事者目録記載のとおり
債権者 柳沢栄蔵
<ほか七一名>
右債権者ら代理人弁護士 滝沢寿一
同 石田浩輔
同 逢坂修造
債務者 株式会社小林百貨店
右代表者代表取締役 小林政一
右代理人弁護士 安藤剛
同 伴昭彦
同 吉田昂
同 小野道久
主文
債権者らと債務者間の当庁昭和四一年(ヨ)第二五二号新株発行差止仮処分申請事件につき、当裁判所が同年一二月五日なした決定を取消す。
債権者らの本件仮処分申請を却下する。
訴訟費用は債権者らの負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者双方の求めた裁判
債権者ら代理人は「新潟地方裁判所昭和四一年(ヨ)第二五二号新株発行差止仮処分申請事件につき同裁判所が昭和四一年一二月五日なした仮処分決定を認可する。」との判決を求め、債務者代理人は主文同旨の判決を求めた。
第二申請の理由
一 債務者会社は昭和八年一二月三〇日設立された株式会社で、その発行する株式総数は四〇〇万株(一株金五〇円の額面株式)、発行済株式総数は一〇〇万株であり、債権者らは別紙持株一覧表記載のとおりの株式を有する債務者会社の株主である。
二 債務者会社は昭和四一年一〇月二二日開催の取締役会において新株三八万株(いずれも記名式額面普通株式であって、その額面金額は一株につき金五〇円)の発行を決議し、その全部を株主以外の第三者である特定取引先に割当てることとして、発行価額を一株につき金二三一円、払込期日を昭和四一年一二月八日と定めた(以下この新株発行を本件新株発行という。)。
三 しかし、本件新株発行は定款に違反する。
債務者会社の定款第一五条には「1当会社定款第五条の株式の総数中未発行の株式については株主に新株の引受権を与える。但し取締役会の決議によりこれを制限することができる。2役員、相談役、従業員に対しても取締役会の決議により前項の株式の一部につき新株の引受権を与えることができる。」と規定されている。しかし、株主以外の者の新株引受権に関する右第一五条第一項但書及び第二項は昭和三〇年法律第二八号「商法の一部を改正する法律」附則第五項により同年七月一日以後無効となった。そして右第一五条第一項本文は右改正商法附則第四項により昭和三〇年七月当時の債務者会社の未発行株式二二〇万株の範囲内で効力を有するのである。従って、本件新株発行により発行される株式三八万株全部について、債権者ら株主は、定款第一五条第一項本文により当然新株引受権を有するものであるから、その全部を株主以外の第三者に新株引受権を与えた本件新株発行は、明らかに定款に違反する。
四 本件新株発行は著しく不公正な方法によるものである。
新株発行は本来会社の資金調達を目的としてなされるものであるが、本件新株発行は、債務者会社代表取締役小林政一及びその同調者が債務者会社に対する支配権を恒久的に確立し、右小林らに同調しないいわゆる株主のなかの反主流派である債権者らの会社支配についての比例的地位を侵害するために企図された著しく不公正なものである。このことは以下に述べるような債務者会社の債権者に対する不当な対抗策を見れば明らかである。
1 債権者らは昭和三九年一〇月三〇日開催の定時株主総会における五名の取締役改選に際し、少数株主の代表として債権者柳沢栄蔵を取締役に当選させるため、他の株主の同調を得て会日の五日前に累積投票請求をしたところ、同総会の議長小林政一は、同請求が発行済株式総数の四分の一以上に当る株式を有する株主によりなされて有効に成立したにもかかわらず、右請求の委任状記載の請求者の一部の捺印が債務者会社に届出の印鑑と相違するとの理由だけで、右請求を採択せず、このため債権者柳沢栄蔵は取締役に選任されなかった。
2 小林政一らは右株主総会において「取締役選任の件」及び「監査役選任の件」と題する議題に引続き「選任監査役及び取締役中不適任の者は即時解任の件」と題する議案を準備し、債権者柳沢栄蔵が取締役に選任されたときは、直ちにその場で普通決議の方法によって同人を解任しようとしたが、前記のとおり同人が取締役に選任されなかったので、同総会の議長小林政一は右議案を付議しなかった。
3 債務者会社の定款によれば、取締役の員数は七名以内とされていたが、昭和四一年一〇月当時の現任取締役は五名だったので、小林政一らは取締役を二名増員することにし、同月一五日に臨時株主総会を招集して同総会において和田閑吉、高杉儀平の両名が取締役として選任され、かくて取締役の員数は七名となった。しかし、定款によれば、右和田、高杉両名の任期は現任の他の五名の取締役の任期に従うのであるから、右両名は他の五名の取締役の任期の満了する同年一〇月三〇日開催の定時株主総会において当然退任し、新しく改選されなければならない運命であった。債権者らは右会日の五日前に累積投票請求をし、右請求は有効に成立したが、小林政一らはこれにより債権者柳沢栄蔵が取締役に選任されるのを封ずるため、前記のとおり、取締役の現在員数を七名としながら、その二週間後の同月三〇日の定時株主総会で取締役の員数「七名以内」を「三名」とする旨の定款改正案を提出し、これが可決されると、前記のとおり定款上和田、高杉の両名は、他の現任取締役五名と共に同日をもって取締役の任期満了となるにもかかわらず、定款に反し和田、高杉の両名の任期は満了しないと強弁して、同人らを事実上留任させ、取締役一名のみを改選する挙に出て、小林政一を選任したのである。
4 以上のとおり、小林政一らは債権者らの適法な累積投票請求をことさらに無視し、そのため株主総会の取締役解任権の濫用を企図し、また、取締役選任につき定款違反をするなどして、債権者らの正当な少数支配の妨害を企図してきたが、更に、その企図を達成するため、多数派工作として自己の同調者を得るべく、敢て株主以外の第三者である特定取引先にのみ割当てるという本件新株発行に及んだものである。本件新株発行決議は昭和四一年一〇月二二日なされたが、同月三〇日開催の株主総会の席上ではこれに関する報告は全くなされず、また、法律上要求されている決議公告は同年一一月二三日の新潟日報朝刊一四面の一隅に会社公告掲載の常識に反し、ことさら小さく掲載された。かかる債務者会社の態度は本件新株発行の不当性を裏付けるものである。
このような不当不正な目的を達成するためになされた本件新株発行は著しく不公正なものといわざるを得ない。
五 債権者ら株主は本来各持株数に応じて新株の割当を受ける権利を有するのに、本件新株発行によりこれを無視されれば、債務者会社に対して有する利益配当請求権その他財産上の利益の減少を来たすのは勿論、各持株の時価が低落するという経済的損失を蒙り、また、累積投票請求権その他比例参加について有する会社支配に関する利益を犯されるなどの著しい不利益を受けることになる。
六 債権者らは本件新株発行の差止の本訴を提起したが、右本案判決の確定以前に本件新株発行の効力が生じてしまえば、もはやその差止をする方法がなくなり、かくては債権者らは前記のような著しい損害を蒙むることになる。そこで債権者らは昭和四一年一二月三日当庁に本件新株発行差止の仮処分を申請し(当庁昭和四一年(ヨ)第二五二号)、同月五日「債務者は、債権者が昭和四一年一〇月二二日開催の取締役会における新株発行決議にもとづいて現に発行手続中の記名式額面普通株式三八〇、〇〇〇株の発行を本案判決確定にいたるまで行ってはならない。」との決定を得たので、右決定の認可を求める。
第三債務者の答弁及び主張
一 第二の一及び二の事実は認める。同三の事実は否認する。同四の冒頭の事実は否認する。同1の事実のうち、債権者らが昭和三九年一〇月三〇日開催の定時株主総会における五名の取締役改選に際し累積投票請求をしたこと、小林政一が右請求を採択しなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。右請求の一部の委任状の印鑑と債務者会社への届出印とは相違しており、従って、右請求は法定の株式数に達せず、不成立となった。このように印鑑が相違する場合、当該株主の意思表示と判断できないのは印鑑届出の制度上当然である。同2の事実のうち債務者会社が債権者主張のような議題を準備したことは認めるが、その余の事実は否認する。同3の事実のうち昭和四一年一〇月当時債務者会社の定款上取締役は七名以内とされていたが、現任者は五名であったこと、同月一五日開催の臨時株主総会で和田、高杉両名が取締役として選任されたこと、同月三〇日開催の定時株主総会で取締役の員数を三名とする旨定款が改正され、小林政一が取締役として選任されたことは認めるが、その余の事実は否認する。後記のとおり、小林政一の取締役選任は定款に違反しない。同4の事実のうち、債務者会社が昭和四一年一〇月三〇日開催の定時株主総会で本件新株発行について報告しなかったこと、同年一一月二三日の新潟日報朝刊紙上に本件新株発行決議の公告をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。同五の事実は否認する。
二 本件新株発行は定款に違反しない。
債権者主張の定款一五条は、昭和三〇年法律第二八号による商法改正に伴い、昭和三一年一〇月三〇日開催の定時株主総会の決議により全部削除され効力を失ったから、本件新株発行は定款に違反しない。右定款改正により第一六条以下の条文は順次一条ずつ繰上ることになった。
三 本件新株発行は著しく不公正な方法によるものではない。
1 本件新株発行の目的は、債務者会社の経営する百貨店内の冷暖房装置の設置及び改善のための資金調達にあった。債務者会社は従来暖房設備のみであったが、営業政策上冷房設備を併設し、暖房設備の拡充の必要に迫られ、その費用として約九、〇〇〇万円の調達の必要があった。その調達方法は会社の経理状況及び経済界の動向を考慮し、銀行借入によることは会社の資本的基礎に悪影響を及ぼすことをおそれ、結局増資により賄うこととされた。しかも、冷房設備の早期完成のためには遅くも昭和四二年早々に着工し、その段階で資金計画を完成する必要があったので、少数の株式発行で多額の資金調達の可能な方法を考慮すると共に大口取引先との関係を更に密接にするため、その実績を有する別紙記載の取引先に時価で株式を割当て早急にその大部分の資金を獲得し、残りを借入金等により補充することとして、昭和四一年一〇月二二日開催の取締役会は本件新株発行を決議した。本件新株発行を額面(五〇円)による発行とすれば、多数の株式を発行しなければならない関係上、債務者会社の時価(額面の約五倍)を著しく引下げることになるし、プレミアム付時価発行では、発行価額が高くなり利廻りが低下し、一般株主の興味を失って多大の失権株が出て資本調達の目的は達せられなくなる虞がある。そこで、債務者会社は時価により前記のような縁故者(取引先)に割当て確実な資金の調達をはかったのである。しかも割当を受けた株式引受人は債務者会社と十数年以上にわたる取引関係を有し、特定の取締役個人とはなんら縁故関係はなく、これらの者が現任取締役を支持し、また、いつまでも株式を保有することについてのなんらの保障もない。従って、本件新株発行は債務者会社の資金調達についての取締役会の合理的な裁量の範囲内のものであって、不正、不当な目的達成のためになされたものではない。
2 昭和四一年一〇月三〇日開催の定時株主総会における小林政一の取締役選任は定款に違反しない。債務者会社の定款二〇条(右株主総会における改正前)は「当会社の取締役は三名以上七名以内とする。」旨規定し、同二二条は「1取締役の任期は二年監査役の任期は一年とする。但し任期中の最終の決算期に関する定時総会の終結まで其の任期を延長する。2補充員の任期は前任者の任期に又増員の任期は現任者の任期に従うものとする。」旨規定している。右第二〇条により債務者会社の取締役の定員は三名以上七名以内であり、同年一〇月一五日当時五名の取締役が存していたから、定員に欠缺はなく、同日開催の臨時株主総会で取締役に選任された和田、高杉の両名は右第二二条第二項にいう「補充員」ではない。すなわち、「補充員」とは当該年度の任期途中で退任した者がある場合これに代って選任されたものであるが、昭和三九年一〇月三〇日開催の定時株主総会で選任された取締役は当初から五名で、その任期途中に退任したものがいなかったから、新たに選任された右両名は「補充員」ではない。また、右第二二条第二項にいう「増員」とは、他の取締役の任期途中で定款による取締役の員数の最大の枠七名を超える員数に定款を改正した上、その増加員数分を選任した場合をいうのであるから、和田、高杉両名のように定員の枠内で取締役に選任された場合は、同項にいう増員にはあたらない。従って、右両名の任期は第二二条第二項によるのではなく、同条第一項本文により定まり選任の時から二年となるのである。以上のとおりであるから、昭和四一年一〇月三〇日現在和田、高杉の両名は任期中途であり、同日開催の株主総会で定款改正により取締役の定員が三名とされ、これに従い、不足する一名につき小林政一が選任されたのであるから何ら定款違反はない。
第四債権者らの反論
一 定款第一五条が削除された事実はない。このことは次の事実から明らかである。
1 昭和四一年一〇月上旬債権者鷲尾シズイ、同柳沢吉英が債務者会社に現行定款の謄写を申請し、当時の取締役宮川利幸が関係書類綴の中から現行定款であると指示した書類を謄写した。これによれば、第一五条は削除されることなく存置していた。その際、宮川は終始同債権者の謄写を監視し、定款第五条の授権資本の枠の改正を指摘し、また、謄写終了後同債権者らと被謄写定款と読み合わせを行っていながら、第一五条の削除には全く言及しなかった。
2 債務者会社主張どおり、第一五条削除により第一六条以下が順次一条ずつ繰上るとすれば、取締役会、株主総会においてもそのように取扱われるはずである。しかし、例えば取締役の定員を三名とする旨定款変更が行われた昭和四一年一〇月三〇日開催の株主総会招集通知およびその議事録によれば、債務者会社の主張に従えば取締役の員数を定めた定款の規定は第二〇条と取扱われなければならないのに、第二一条として記載されているのである。
3 昭和四一年一一月二九日債権者側が前記1により定款を謄写した書類につき、現行定款の認証を債務者会社に申請したところ、債務者会社は、直ちに認証をしないで一時これを預り、同年一二月二日に至り右書類中第一五条等を抹消したうえ、証明文言を付記して当時の取締役小林恒夫を通じ債権者鷲尾に返還した。同債権者は右抹消の理由を問うたが、小林恒夫取締役はこれに対する返答をさけた。
4 以上のような債務者側の一連の態度に徴すれば、債務者会社主張のような第一五条削除という定款改正の株主総会決議はなされたものとは認めがたいのである。
二 債務者会社は資金調達の必要に迫られ本件新株発行に踏切った旨主張するが、資金調達の方法としては銀行借入の方が有利である。すなわち、債務者会社は本件新株発行当時銀行借入金は皆無であり、総資本安全率及び流動比率は極めて良好で、このような経営状態にある債務者会社の借入については、金融緩和の時節柄金融機関が歓迎の意を示すことは自明の理であり、また、銀行借入に依存しても債務者会社の資本的基礎に悪影響をおよぼす虞はない。更に、銀行借入はその機動性の面において優れ、金利負担の点からみても新株発行により恒常的に支出が予定される配当金に比べ一般に低利であるといえる。また、新株発行により得られるいわゆるプレミアムは資本準備金として積立てられ、右準備金は法定準備金が多額となって資本に対し不釣合となるのを是正するため、資本に組入れられた上株主に交付される筋合のものであるからプレミアムを得られるということは必ずしも新株発行の利点を示すものではない。以上彼此検討するに、新株発行が銀行借入より優れた資金調達の方法ということはできない。
しかも資金調達の方法として新株発行によるとしても、公募によるのが常識で、本件のように時価で縁故者へ割当てるということは極めて異例であり、その上、割当てられた縁故者一名は割当内容すら知らず、他の縁故者も債務者会社の懇請によりやむなく引受けたのである。
以上の諸点を眺めれば、前記のように、小林政一らが債権者らの少数支配を侵害する意図の下に、資金調達に藉口して自己に同調し、或は後日株式を譲渡する可能性ある縁故者のみを対象として本件新株発行に及んだものであることは明らかである。
○第五証拠≪省略≫
理由
一 申請の理由一(当事者の関係)及び同二(債務者会社取締役会による本件新株発行決議)の事実は当事者間に争いがない。
二 まず、本件新株発行が定款に違反するかどうかについて判断する。
≪証拠省略≫によれば、債務者会社定款第一五条は「当社定款第五条の株式の総数中未発行の株式については株主に引受権を与える。但し取締役会の決議によりこれを制限することができる。役員、相談役、従業員に対しても取締役会の決議により前項の株式の一部につき新株の引受権を与えることができる。」旨規定されていたが、昭和三〇年法律第二八号による商法第二八〇条の二の改正及び附則第五項の新設に伴い、債務者会社の昭和三一年一〇月三〇日開催の第二三回定時株主総会において、右第一五条を削除し、第一六条以下の条文を一条ずつ繰上げることが議決されたことが認められる。債権者は右議決がなされなかった旨主張し、証人佐久間安治の証言及び債権者柳沢栄蔵本人尋問の結果中に右主張に符合する部分もあるが、前記認定と対比して措信しがたい。もっとも、≪証拠省略≫によれば、債権者鷲尾シズイは予め債務者会社に対し現行定款の閲覧を申請し、昭和四一年一〇月一〇日債務者会社に赴き、当時の取締役宮川利幸が現行定款(写)として指示した書類を謄写したが、右定款(写)には第一五条は存置され、第一六条以下の条文は繰上らないまま記載されておりこの点に関し、宮川取締役から何らの指摘もなかったことが認められ(後日同債権者が謄写定款(写)の認証を求めたところ、債務者会社は前記認定のように改正された内容に従ってこれを訂正の上認証した。)、また、≪証拠省略≫によれば、昭和四一年一〇月一〇日付の同月三〇日開催の株主総会の招集通知中、取締役の定員改正を目的とする定款変更の議案に関し、前記定款改正により一条繰上り第二〇条と記載すべきところを第二一条と記載した箇所が三箇所あることが認められる。しかし、これらの事実は、債務者会社の株主に対する不親切な態度、杜撰な業務に対する非難とはなり得ても、そのことから直ちに前記認定のような定款改正の株主総会決議が存在しなかったものと推論することはできない。以上のとおり定款第一五条は本件新株発行当時既に削除されていたから、第三者にのみ新株引受権を与えた本件新株発行はなんら定款に違反するものではない。
三 次に本件新株発行が不公正な方法によるものであるかどうかについて判断する。
1 ≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められる。
債権者柳沢栄蔵はかねてから債務者会社の業績に関心を持ち、その将来性に着目し、自己も取締役として経営に参画することを考えていたが、昭和三九年には自己及び債権者らを含むその同調者である株主の持株合計は発行済株式総数一〇〇万株中二五万株以上となり、取締役選任の累積投票に必要な法定の株式数を獲得するに至った。債務者会社は前代表取締役小林与八郎の創業にかかり、同人死亡後その子小林政一が代表取締役に就任し現在に及んでいるが、その取締役はすべて小林政一の同調者によって占められていた。しかして、取締役選任の行われた昭和三九年の第三一回定時株主総会から昭和四一年の第三三回定時株主総会に至るまでの経過は次のとおりである。
(イ) 昭和三九年一〇月一四日第三一回定時株主総会招集通知
右招集通知には「会議の目的たる事項」として、「第四号議案取締役任期満了につき改選の件、第五号議案監査役任期満了につき改選の件、第六号議案選任監査役及び取締役中不適任の者は即時解任の件」と記載されていた。
(ロ) 同月二四日弁護士滝沢寿一を代理人とする債権者ら及びその同調者(株式総数二五八、一三一株)による取締役選任の方法についての累積投票請求
(ハ) 同月三〇日第三二回定時株主総会開催
同総会の議長であった債務者会社代表取締役小林政一は右(ロ)の累積投票請求者中立石善次郎外一四名(株式総数一四、六一二株)の代理人に対する委任状押捺の印鑑と債務者届出の印鑑が相違し、この株式数を除外すると請求者の株式総数は二四三、五一九株となり、右請求は累積投票請求に必要な法定の株式数二五万株(当時の債務者会社の発行済株式総数は一〇〇万株)に達しなかったので、これを理由に右請求の無効を宣し、直ちに前記(1)の第四号議案(取締役選任の件)をはかり、同総会は総会招集通知に取締役候補として記載されていた小林政一外四名の前取締役(いずれも小林政一の同調者)を再び取締役として選任した。そして、直ちに前記(イ)の第六号議案(不適任取締役監査役即時解任の件)の審議に入り議長小林政一は自ら「選任取締役及び監査役中不適任者はいないから本議案を撤回する」旨述べてその撤回をはかり、同総会はこれを可決した。
(ニ) 昭和四一年一〇月五日第三三期決算に関する役員会開催
同役員会は同年一〇月三〇日に任期満了する取締役(全員)五名及び監査役(全員)二名改選の件については小林政一に一任し、定款第二〇条を変更し、取締役の定員「七名以内」を「三名」に、監査役の定員「三名以内」を「三名」に改める旨の議案を株主総会に提出することを決議した。
(ホ) 同月一五日臨時株主総会開催
債務者会社は前記(ニ)のとおり取締役会において、取締役の定員を「七名以内」から「三名」に改める定款変更を株主総会に提出することを決議しながら、右臨時株主総会で取締役の増員として「取締役二名選任の件」を議案として提出し(当時取締役は定款上七名以内とされ、現任者は前記(ハ)のとおり第三一回定時株主総会で選任された五名であった。)、議長小林政一は和田閑吉及び高杉儀平の両名を適任者としてすいせんしたところ、債権者柳沢栄蔵ら及びこれに同調する株主八二名(二五七、二五七株)の反対を除き、同総会は右両名を取締役に選任した。
(同年一〇月二二日本件新株発行決議)
(ヘ) 同月二三日債権者柳沢栄蔵を代理人とする同債権者ら及びこれに同調する株主による取締役選任についての累積投票請求
右請求は法定の株式総数をみたし、また、前記(ハ)の経過に鑑み請求者らはすべて債務者会社届出の印鑑と同一の印鑑を使用した。
(ト) 同月三〇日第三三回定時株主総会開催
同総会には「第一号議案昭和四〇年度第三三期営業報告書貸借対照表、損益計算書承認の件、第二号議案第三三期利益金処分案承認の件、第三号議案取締役の定員を減少するための定款変更の件(「七名以内」を「三名」とする。前記(ニ)参照)、第四号議案監査役任期満了につき改選の件、第五号議案取締役任期満了につき改選の件」が提出されたが、第二号議案の議決につき利害関係ある役員が議決権がないのにかかわらず議決に加わろうとしたことに対し、債権者柳沢栄蔵が異議を述べたことから紛糾し、議場騒然たる中で第三号及び第四号議案は、債権者柳沢栄蔵ら及びこれに同調する株主(株式総数二八五、三七三株)を除く株主(株式総数六九〇、四二七株)の賛成により、議長小林政一の提案どおり取締役の定員を「七名以内」から「三名」に定款第二〇条を変更し、また、堀口伊三郎外二名を監査役に選任することが議決され、次いで第五号議案の審議に移り、議長小林政一は、事実摘示第三の三の2記載の見解の下に、和田、高杉の両名の取締役の任期は満了せず、自己のみが本総会により任期満了するとして、その改選をはかったところ、債権者柳沢栄蔵、同柳沢吉照、同上原一郎らは、定款第二二条により和田、高杉両名は現任者の任期に従うべきであるとして、全取締役が本総会により任期満了につき三名全員を改選すべきことを強く主張したが、議長はこれに取合わず、議場内から小林政一再選の声があったので、これをはかったところ、前同様債権者柳沢栄蔵ら及びこれに同調する株主を除いた株主の賛成があったので、小林政一が再び取締役に選任された。このため、債権者ら要求の累積投票は行われなかった。
以上の経過を眺めれば、小林政一及びこれに同調する債務者会社の全取締役は債権者柳沢栄蔵が取締役として選任され、小林らと共に債務者会社の経営に参画することを嫌い、同債権者ら及びこれに同調する株主による累積投票請求等による適法な少数支配を封ずるため、種々の手段を弄して来たものであることが容易に看取できる。すなわち、小林政一らは昭和三九年の第三一回定時株主総会に債権者らから累積投票の請求あることを察知し、前記(イ)のように極めて異例な第六号議案(不適任取締役解任の件)を用意し、累積投票によって債権者柳沢栄蔵が選任された場合には直ちに多数によってこれを解任することを企図し(現に前記(ハ)のとおり、印鑑相違の理由のみによって累積投票請求を採択せず、その結果、従前同様自派の者のみが取締役に選任されると、小林政一自ら第六号議案の撤回を求めている。)、また、本件新株発行前後に接着して行われた前記(ニ)、(ホ)、(ト)の行為は、昭和四一年一〇月三〇日開催の定時株主総会で選任されるべき取締役を一名として、債権者らに累積投票を請求する余地をなからしめることを企図したものと認められるのである。
以上の認定に反する債務者会社代表者本人尋問の結果は措信することができない。
2 しかし、他面、≪証拠省略≫によれば、債務者会社は近隣の百貨店、商店が近年冷房設備完備の傾向にあるため、昭和四一年末又は昭和四二年初に着工し、昭和四二年夏を目途にしてこれを完成することとしたが、その費用九、〇四四万四、八三〇円の調達の方法として、銀行借入による場合の金利と新株発行による場合の配当額の負担の比較、自己資本の充実、失権株の危険、調達の確実性などその他、種々の点から調査した結果、別紙記載の債務者会社と長年取引のある第三者に対し新株を発行し、これを時価で引受けしめることによって、その資金の大部分を調達し、不足する分は銀行借入によることとして、取締役会は着工の時期との関係上、払込期日を昭和四一年一二月八日、発行価額を昭和四一年一〇月二二日の新潟証券取引所の終値を基準として二三一円と定めて本件新株発行を決議し、別紙記載の取引先がその引受をしたことが認められる。
3 このように債務者会社において真に資金調達の必要がある以上、その調達の方法は取締役の裁量に委ねられているものと解するのが相当であるから、本件新株発行が他の資金調達の方法に比して著しく不利であるとか、新株発行後短期間内に債務者会社が引受先から買戻す計画があるとか、或は新株割当が形式に過ぎず引受先に対し債務者会社が払込金について資金的援助を与えるとかというようなその合理性を疑わしめる特段の事情が認められない限り、本件新株発行は、前記のような債務者会社の債権者らの少数支配に対する排斥の意図とは一応無関係になされたものと認めるのが相当である。しかして、本件の場合資金調達の方法として、銀行借入によるか、或は額面又は時価による新株発行によるか、新株発行とする場合公募、株主割当、縁故先割当とするかはそれぞれ利害得失があり、そのいずれを是とするかは一概に断定し得ず、少くとも、縁故先割当による時価発行の方法によった本件新株発行が他に比して著しく不利とは認められないし、その他、本件新株発行の合理性を疑わしめるような特段の事情を認むべき資料もない。もっとも、本件新株発行により債権者ら及びその同調者の持株数の比例的支配率は下り、累積投票に必要な発行済株式総数(一三八万株)の四分の一に達しないことになるが、それは資金調達の方法が取締役会に委ねられている以上やむを得ないところであると共に、別紙記載の本件新株発行の引受先が悉く現在及び将来においても、小林政一らに同調するという保障はないのである。また、本件新株発行の直後である昭和四一年一〇月三〇日開催の第三三回定時株主総会において本件新株発行につきなんの報告もなされなかったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、同年一一月二三日付新潟日報紙上に掲載された本件新株発行に関する決議公告が他社の同種公告に比し小さく同紙を一瞥したのみでは見落しやすい横四糎五粍縦三糎五粍の小欄に印刷されていたことが認められるが、このような債務者会社の措置は、ことさら人目をさけながら本件新株発行をしようとしたかの如き感は免れないとしても、これを違法というには当らず、これらの事実のみからは前記認定をくつがえし未だ本件新株発行を不公正な方法によるものと推論することはできない。更に、≪証拠省略≫によれば、別紙記載の本件新株発行の引受先は必ずしも快くその引受を承諾したものでないことがうかがわれるが、本件新株発行が時価による縁故割当の方法をとったため、各引受人の払込額が多額となる関係上、引受先が引受に当り躊躇したからといって、特に異とするには足りないのであって、前同様そのことから本件新株発行を不公正な方法によるものと認めることはできない。
以上の次第であるから、本件新株発行は前記のような債権者ら排斥の意図にもかかわらず、不公正な方法によるものということはできない。
四 よって、本件仮処分申請はその被保全権利につき疎明がなく、しかも右疎明の欠如を保証を立てしめて補うことも相当でないから、さきに債権者らの申請を容れてなした主文第一項掲記の仮処分決定はこれを取消し、本件仮処分申請はこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 吉井省己 裁判官 松野嘉貞 八丹義人)